最近、世間は漢方に目を向け始め、いわゆる漢方ブームが起こっています。西洋医学の治療で限界の見えることが多い場合、東洋医学でそれを補い、予防医学にも役立てようというものです。
漢方が効くか、効かないか
それでは、漢方医学を用いて、現代の難病が治るかといえば、残念ながらそうは簡単にいきません。
昔の漢方薬局では、患者さんが来てもすぐには漢方薬を処方せず、食事や日頃の養生法を指導して、実行してもらってから、漢方薬を処方していた時代がありました。
現在はどうかといえば、必ずしもそのようなことは行われていないようです。
漢方薬は本当に効果があるのか、長く服用しないと効果が出ないのではないか、などという質問を受けることがあります。
漢方治療では、その人の「証」という体質に、処方薬がぴったり合えば劇的に効きますが、その一方で、「証」が合っていないと、何年も漢方薬を飲んでいても今ひとつ効果が見られないということがあるのです。
どうしてそのようなことが起こるのでしょうか。
西洋医学や東洋医学で対処しても、病気が治る兆しの見られないことが、時々見受けられますが、もう打つ手がないのでしょうか。
あえて言わせていただければ、その原因の一端を担っているのは我々人間の側にもあるのではないでしょうか。
食生活との関連を自覚する
人間の体は非常に複雑で、かなり医学の進歩した現代においても、解明のできないことが多いのは事実です。
しかし、こと漢方治療に関しては、漢方薬が効きにくいようにしている原因が、我々の生活態度にあることを自覚することも大切だと思います。
西洋医学と東洋医学を融合して病気に立ち向かって行くことは、素晴らしいことだと思います。しかし、「抗生物質の代用として漢方薬をのむ」などの安易な考えでは、せっかくの漢方治療の効果を半減させてしまうこともあります。
脂ぎった肉類を食べ、白砂糖の大量に入った菓子や飲料を飲み、化学調味料をふんだんに使った食品を取り入れ、ビールなどの体を冷やすアルコールを飲みながら、他方で漢方薬による治療に頼るというのは、養生という観点からは本末転倒と言わざるを得ません。
ただ、肉類については、最近では良質の赤身肉や鶏のささ身は、高齢者の「フレイル」と呼ばれる筋力低下に効果があるとされています。
養生の世界では「三白の害」と言う言葉があり、白米、牛乳、白砂糖はできるだけ避けるべき食品とされています。
健康長寿と食べ物
中国では、昔から、医と食事は同じ源より発する“医食同源”、すなわち口に入る食べ物は体に対して何らかの薬の役目があるという考え方がありました。
日々の食事が体を形成し、薬として体調を整えると考え、その食事と漢方薬を併用する効果を期待していました。
日本の長寿の原因を、食事の西洋化、肉、卵、牛乳などを摂取するようになったから、とする説もありましたが、最近ではそのような食生活の弊害も指摘されるようになってきました。
栄養学者からの貴重な報告があります。
山梨県上野原町棡原(ゆずりはら)地区の観察ですが、今では上野原町は東京のベッドタウンとして人口が増大し、利便性の良い地区に住んでいる住人は、食生活も都市の住人とほぼ変わりなく、生活習慣病に罹患する率が全国平均とほぼ同じだそうです。
一方で棡原(ゆずりはら)地区のような少し中心街から外れた地域では、不便なことも手伝って、未だに穀類や野菜類中心の生活を送っており、長寿で元気な方が多いとの報告です。
世界的に見ても、ジョージア(グルジヤ)地方、パキスタンのフンザ地区、エクアドルのビルカバンバといった長寿地域では、その土地で穫れた穀類や野菜類中心の、質素な食事をしているということです。
食の養生と工夫
例を挙げてみましょう。晩秋に採れる柿の実はものすごく「陰性」で、体を冷やします。ところが、日に干して太陽の気を浴びた干し柿にすると、太陽の気が取り入れられ、「陰性」ではなく「中性(平:へい)」の食品になり、それ程体を冷やさなくなります。
梅の実も同じです。生の梅の実は「陰性」ですが、日に干した後に塩漬けにした梅干しは「中性(平:へい)」、または、やや「陽性」の食品に変わります。
冬にコタツでミカンは定番ですが、実はミカンの実は陰性で体を冷やします。昔、姫路城の殿様がみかんを食べ過ぎて、御典医から叱られたという逸話があるくらいです。但し、ミカンの皮は「陳皮(チンピ)」といって、古ければ古いほど良いとされ、温性の薬剤になります。
一般論ですが、大まかに言うと、地面より上にできる野菜や果物は体を冷やし、地中で採れる根菜類は体を温める性質があります。
また、季節によっても、できる穀物や野菜類ではその性質に差があり、夏に採れる野菜や果物(キウリ、ナス、トマト、スイカなど)は体を冷やすので、夏の暑い時期に食べるのがよく、逆に寒い時期にはあまり食さない方が良いとされています。
ただし、これにも原則があり、日に当てて干したもの、塩漬けにしたもの、熱を加えて料理したものなどは、その性質は「陰」から「陽」に変化します。
身近な野菜や穀物も
漢方薬の処方の中にも、身近な野菜が含まれていることがあります。
例えば春先に採れるウドの根は「羌活(キョウカツ)」といいます。
生姜は漢方では「ショウキョウ」と呼びますが、『葛根湯』など多くの処方に利用されています。また、「生姜(ショウキョウ)」を日に当てて干した「乾姜(カンキョウ)」は、生姜の体を温める作用が、日に当てた分倍増し、『補中益気湯(ほちゅうえっきとう)』などの、体が疲れたときや冷えてしまった時に飲む漢方処方の中に含まれています。
意外なところでは玄米ですが、「粳米(コウベイ)」と呼び、咳の薬として頻用される『麦門冬湯(ばくもんどうとう)』などに用いられています。小麦も「ショウバク」という呼び名になり、『甘麦大棗湯(かんばくだいそうとう)』という夜泣きやひきつけの薬として用いられています。
山椒がお腹の薬『大建中湯(だいけんちゅうとう)』に、「何首烏(カシュウ)」が皮膚の薬『当帰飲子(とうきいんし)』に、「蓮根」が『清心蓮子飲(せいしんれんしいん)』として、排尿トラブルの薬に使われています。
養生法は個々の体質に合わせて
漢方の大家と呼ばれる著名な医師は昔から大勢いますが、その著作物をみても、共通していることは、決して漢方薬のみで治療を行ったわけではなく、必ず養生と組み合わせて患者さんを治療したという点です。
程度の差はあれ、玄米などのできるだけ自然に近い穀類と根菜類中心の副食に、時として軽度の断食やヨガ、運動などを組み合わせた療法をとりいれています。
食養の大家とされた桜沢如一先生は、生水、生野菜、果物を禁じ、塩を多く摂ることを勧めましたが、二木謙三先生は生水、生野菜を勧め、調味料を摂らないように指導して、ご自身もこれを実行され、90歳を超えても元気で活躍されました。
世の中には、「桜沢流」が適する人もいれば、「二木流」が適する人もいるのでしょう。
漢方的に考えれば、陽証の人は生水を好み、陰証の人は生水を好まず、温めた水の方が向いている傾向にあるようです。
このように、食事療法一つとっても、その人の体質で、向き不向きがあります。自分によいからといって他人に強要することなく、必ず個々人の体質を見極めた上で食養生を行い、さらに漢方薬を服用すると効果があると思います。
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